あの夏の日、東京・北品川の原美術館のホールは、一人だけの舞台だった。
照明は自然光、聞こえるのはセミの声だけ。周囲の観客の視線や息づかいを、いつもより間近に感じる。
ダンサーとしての原点だったバレエシューズで踊り始めた。次にスニーカーに履き替え、海外での日々を思い返して肩や腰を振る。最後に裸足になったのは、過去にとらわれないという思いから。白いシャツが汗だくになった時には、もやもやしていた目の前が、開けた気がした。
やっぱり、踊り続けよう。
ダンサーの小尻健太さんは3歳でバレエを始め、17歳でローザンヌ国際バレエコンクールで入賞。高校卒業と同時に海外へ。オランダのダンスカンパニーに長年所属し、退団後に帰国した。フリーでやっていく自信はあったが、文化芸術の助成金申請は落選ばかり。体の衰えも感じる。将来に、迷いが生まれていた。
そんなとき、ふらりと訪れたのが原美術館。洋風邸宅を改装したこぢんまりとした美術館は、友人の結婚披露宴で訪れて以来、お気に入りの場所だった。そこで一枚の自画像に目がとまる。米国人女性作家がキャンバスいっぱいに描いた「自分」は、見る角度で表情が変わって見えた。
ふと、思った。「ダンスで自画像を描けないだろうか」。心情や情景を映し出す自画像のように、自分の生き様を重ねて踊るのだ。
「ここで踊らせてもらえませんか」
ダメ元で相談すると、担当者…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル